ビーグル海峡の旅

 1992年は南米最南端の都市であるプンタアレナスから始まりました。真夏の南米だけど気温は10℃程度でお天気もイマイチ。どんよりとした曇り空にやや薄日が見えた。風がほとんどないのが救いです。一週間の氷河巡りの船旅です。

 当日サンチャゴから到着して、夕方5時の出航です。船名は失念したが、2,000㌧位の小舟で、普段の商売で扱う5万㌧位の船と比較すると少々頼りない小型のボートといった感じです。でも船内は、クルーズとしては一応国際基準の部屋(二人用で約20㎡位)、バス・トイレ付、ラウンジ、食堂ホール等々が完備しており、お客さんは全員で50名位。ただ、電波状態が良くないので、テレビ・ラジオは受信不可(衛星放送の受信設備はなし)、ライフジャケットもあるけど、とても寒く冷たいこの海には飛び込みたくない感じです。持参した短波ラジオも利用できなかった。

 プンタアレナス出航から3時間経過しても薄っすらと明るく、目の前のフエゴ島の東側を南下しています。暫くは特に見物するものもなく、深夜になると今度は明かりのない荒野を行くばかりです。こうなると安らかな睡眠だけが救いです。目が覚めたら海峡の真ん中(最小幅5Km程度)をゆっくりと航行していました。岩礁も多く、幸いにも風がほとんどなく、揺れもなく安全な航行でした。周辺の山には、真夏にも拘らず積雪が見られます。そして寒い。多分南極から1,000Km位なので、山さえなければ南極もこんな風景なのかな、と感慨深い。

 今回の旅は、プンタアレナスから南下後、氷河後のリアス状航路をアチコチ右や左に曲がりながら航行するもので、主な町はチリ領のプエルト・ウイリアムスとアルゼンチン領のウシュワイアーしかない。後は、海峡の主として右岸に点在する氷河を眺めたり、上陸してトレッキングしたりと思ったより楽しいものでした。

 プエルト・ウイリアムスは、本当に小さな寒村で(掘立て)小屋のような家々が点在する田舎で、一体ここの人々は何をもって生計を立てているのかなという疑問を先ず感じました。でもこの町は(極めて誇り高い)チリ領でもあり、毎日に2便程をチリ航空が定期運行しています。何と立派な管制塔までできています。今回の訪問後2年に不幸にも墜落事故が発生しました。原因は色々と取りざたされていますが、多分滑走路が短かったのではと推察します。風も強いので、操縦は難しそうです。

 本論に戻ろう。期待した通り、ビーグル海峡の主に右岸(大陸側・フエゴ島側)には無数の氷河が流れていて、あまりの多さに氷河の名前を覚えきれず断念しました。多くは海峡沿いの崖の上にせり出したり、直接海峡に迫り出したりと、様々な景色を提供してくれます。ただ、崖からは、溶けた氷河の水が瀑布となって流れ落ちるのが見られ、地球の温暖化がただ事ではないことを教えてくれます。今回も数回氷壁が崩れ、水面に巨大な水飛沫をあげる光景が見られました。27年後の現在、氷河がどこまで後退したのか気になるところです。

 船で氷河の最先端付近に行くには入り江(リアス、またはフィヨルド)の奥に小型のボートで向かいます。風がなくて幸いしましたが、鏡のように静かな水面をかき分けながら進みます。大小の氷の破片が流氷となって漂っています。外界と離れているため、とても静かで、ボートのエンジン音と滝の流れ落ちる音だけが響きます。航海中にクジラの尻尾を目撃したという人がいましたが、こんな狭い海峡にクジラがいる訳ないと多くの客に否定されていました。2回程崖をよじ登り、氷河に足を踏み入れる機会がありました。ところどころに見える氷河の割れ目から覗く青い氷の色はとても印象的でした。でも氷の表面は削られた岩石などで薄汚れていました。何十年となく流れていたのだから、埃があっても当然です。

 プエルト・ウイリアムスに上陸し、街の周辺をトレッキングしていたらハップニングがありました。

 小さな溜池もどきがあったのですが、がガイドいわく、ビーバーの池だそうです。勿論、野生です。と思う間もなく本物のビーバーが人を臆することもなく悠然と泳ぎまわってきました。さすがにこれは「やらせ」ではないでしょう。

動物園でビーバーを見たことはありますが、こんなに自由に泳ぎまくるビーバーには感動しました。表現が難しいが、本物の野生です。

 毎日氷河ばかりを見て退屈し始めたころ、ガイドが特別な昼食を用意していました。これも商売なので当然と言えば当然ですが、子羊の丸焼きでした。

 焚火の周辺に10頭分程の開いた子羊を磔にして、たれを浸けて、余分な脂を落としながら焼いてゆく光景は凄まじいものですが、焼けたら鉈でドスン、ドスンと切り分ける迫力は大したものです。大変に美味でした。さすがに一頭分は食べられません。

 一週間後、夕闇の迫るプンタアレナス市の港外に戻りました。といっても午後10時頃だが、まだ街灯が燈るには早すぎる時間です。こんな時間を過ごしながら、暗くなるのは12時頃です。僅か1週間の船旅だったけど、地球の端っこを安全に観光できたことを感謝しています。この日はマゼラン像の横にあるホテルのバーで軽く一杯。地球の最南端を思い返しながら心地よい眠りに引き込まれました。明日は真夏のサンチャゴに帰還だ・・・。

                            (非木材グリーン協会理事 浜崎慶隆)